本誌2013年12月号 (11月9日発売)の特集、「理想の会社」関連記事。最終回は、「思いやりのマネジメント」を最重要視する企業が増えている現状を報告する。それはナイーブな人情経営とは一線を画す、経営上の合理性に裏打ちされたトレンドであり、思潮であるという。理想の職場の実現に向け、思いやりの促進は高次のマネジメント課題になりうるのではないだろうか。


 お気づきでないかもしれないが、「思いやりのマネジメント」というテーマが、近年にわかにトレンドとなっている。

 まず、職場での思いやりに焦点を当てるビジネス・カンファレンスが増えている。たとえば、「思いやりある組織に関する国際ワーキンググループ」(International Working Group on Compassionate Organizations)がある。そして「職場文化の変革推進カンファレンス」(The Changing Culture in the Workplace Conference)がある。「ウィズダム2.0」は、「現代において、より深い思慮、知恵、思いやりをもって生きるために」をテーマとする。登壇者は毎年大物ぞろいで、イーベイ創設者のピエール・オミダイア、ビル・フォード(そう、フォード・モーター会長のウィリアム・フォードだ)、カレン・メイ(グーグルの人材担当バイス・プレジデント)、リンクトインCEOのジェフ・ウィーナーなどが名を連ねる。そしてTEDでは、イギリスの宗教学者カレン・アームストロングが「黄金律を復活させよう」(黄金律とは、自分がしてもらいたいことを、他人にもしないさいという教え。さまざまな宗教の教義に見られる)と呼びかけ、2009年のTED賞を受賞した。これがきっかけとなって「思いやり憲章」(Charter for Compassion)が起草され、10万人近くが署名している。

 こうしたトレンドは、「コンシャス・キャピタリズム (意識の高い資本主義)」のムーブメントからも見えてくる(関連論文は本誌2011年12月号「ホールフーズ:利益や株価は二の次である」)。この運動に参加する企業には、サウスウエスト航空、グーグル、コンテナストア、ホールフーズ・マーケット、ノードストロームなどが名を連ねる。コンシャス・キャピタリズムの原則の1つは、株主だけでなく、すべてのステークホルダー(投資家、従業員、顧客など)を大切にするというものだ。参加企業の1社であるインドのコングロマリット、タタ・グループは率直にこう表明する。「タタの使命は、当社が関わる地域社会の生活の質を向上させることです」

 思いやりの重要性は以前から、ピーター・センゲやフレッド・コフマン、ジェーン・ダットンなどの学者たちによって、優れたマネジメントの基本であると強調されてきた。しかし、効率至上主義で古いタイプの批判的なマネジャーたちは、それを冷笑してきた。このことは驚くに値しない。どれほど多くの冷酷なマネジャーが組織のトップに居座っているかを考えれば、思いやりのある人間はそもそも雇用されにくく、ましてや後押しや昇進を得る機会は限られるであろうことは容易に想像できる。

 事実、ノートルダム大学の研究では、好人物は昇進するのが最も遅く、嫌な人間になることをためらわない人より収入が少ないことが示された(英文pdfはこちら)。そして、思いやりのある人は(他者への支援に)限度を設けない場合が多く、その結果、利用され酷使されてしまう。まるで「毒物取扱者」のように、個人的な利益もないのに組織の痛みを吸収する人になってしまうのだ。

 しかしいま、思潮に変化が生まれている。2013年のウィズダム2.0では、リンクトインCEOのジェフ・ウィーナーが、「世界中の集合的な英知と思いやりを拡大する」というミッションを個人的に進めていると聴衆に話した。同社では、思いやりのマネジメントの実践が、コア・バリュー(中心となる価値観)の1つに据えられているという。例として、チームのメンバーを公然とけなした元同僚のエピソードを挙げた。自分も同じ間違いを犯したことがあると気づいたワイナーは、その人をそばに呼んでこう言ったという。「誰かを人前で冒涜するなら、鏡を見つけてまず自分に同じことをやってみることだ。君は自分の見方や思い込みを、その人に投影しているんだ」